後継者が決まらないまま、社長の年齢だけが上がっていく。取引先も職人とのつながりも残っているのに、この会社を誰にどうつなぐかが決まらない。建設業の後継者不在率は2025年時点で57.3%と全業種で最も高く、同じ状態のまま数年が過ぎている会社は珍しくありません。
この記事では、建設業のM&Aについて、売却価格の相場と決まり方、建設業許可や経営事項審査の引き継ぎ、成約後の技術者・職人の離職まで整理しています。買い手が何を見て値段を付けているのかも、具体的に取り上げます。
「そもそも、うちは売れるのだろうか」「社員の雇用はどうなるのか」と気になっている方は、ひととおり目を通してみてください。
目次

資料ダウンロード / 無料
TEAM-Xの人材紹介サービス概要資料
紹介手数料の相場が気になる方へ
- 紹介手数料(職種・資格別)
- 登録者データ(年代・資格・職種構成)
建設業のM&Aとは
建設業のM&Aとは、建設会社の株式や事業を第三者に譲り渡し、建設業許可・技術者・受注残・協力会社との関係をまとめて次の経営者に引き継ぐことです。
建設会社では、会社の形がそのまま残っても、許可の要件を満たす技術者が抜けた時点で工事を受注できなくなります。建設業のM&Aでは、許可と、その許可を支える人が引き継ぎの中心になります。この2つを動かせるかどうかで、取引の形も価格も変わります。
建設業のM&Aで動くもの、動かないもの
株式譲渡で会社ごと引き継ぐ場合、次の5つがそのまま次の経営者に渡ります。
- 建設業許可(29業種のうち、自社が保有している業種)
- 経営事項審査の評点と入札参加資格
- 専任技術者と経営業務管理責任者
- 施工実績と、進行中の工事契約
- 協力会社との取引関係
一方で、自動的には引き継げないものもあります。許可の要件を満たしている人、つまり経営業務管理責任者や専任技術者が退職してしまえば、会社の形は残っても許可は維持できません。公共工事で進行中の案件も、契約上の地位を移すには発注者の承諾が要ります。
事業譲渡を選ぶと、この5つの扱いは変わります。許可は事前の認可が必要になり、経審と入札参加資格は譲受側で取り直しになります。進め方による違いは、後半の章で表にまとめています。
後継者不在率57.3%という前提
帝国データバンクの「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」によると、建設業の後継者不在率は2025年時点で57.3%でした。全業種平均の50.1%を上回り、業種別で最も高い水準です。2018年の71.4%からは下がってきていますが、それでもなお、2社に1社以上が次の代を決められていません。
会社がなくなる形は、倒産だけではありません。2025年の建設業の倒産は2,021件で前年比6.9%増、4年連続の増加となり、12年ぶりに2,000件を超えました(帝国データバンク「『建設業』の倒産動向(2025年)」)。内訳には物価高倒産240件、人手不足倒産113件、経営者の病気や死亡による倒産78件が含まれます。
これとは別の集計として、自ら店じまいを選ぶ会社もあります。2025年の休廃業・解散は全業種で67,949件、うち建設業は8,217件でした(帝国データバンク「全国企業『休廃業・解散』動向調査(2025年)」)。倒産件数の4倍にあたる数の会社が、債務整理ではなく自主的な廃業を選んでいる計算になります。
2024年問題と改正建設業法が後押ししている
M&Aの相談が増えている背景には、制度対応の負担があります。
2024年4月から、建設業にも時間外労働の上限規制が適用されました。工期の組み方と現場ごとの人員配置を、それまでの前提のまま続けられなくなった会社は少なくありません。
さらに2025年12月、改正建設業法が全面施行されました。中央建設業審議会が労務費に関する基準(標準労務費)を作成・勧告し、見積書に労務費の内訳を明示する運用が始まっています。下請けの立場からは、原価の根拠を示す事務作業と、値上げを申し入れる交渉の両方が増えました。
原価管理の仕組みを入れ、書類を作れる体制を整えるには投資が要ります。それを単独で回収しきれないと判断した会社が、グループ入りという選択肢を検討し始めています。次の章では、その選択で売り手と買い手がそれぞれ何を手にするのかを整理します。
売り手と買い手がM&Aで得るもの
M&Aは売り手が一方的に会社を手放す取引ではありません。売り手と買い手のそれぞれに、単独では手に入らないものがあります。
売り手が得るもの
後継者が不在でも、事業そのものは残せます。廃業を選べば、長年の取引先との関係も、職人とのつながりも同時になくなります。会社ごと引き継げば、その関係は次の経営者のもとで続きます。
従業員の雇用も続きます。株式譲渡であれば雇用契約はそのまま引き継がれ、社員が転職先を探す必要はありません。ただし、雇用が続くことと、労働条件が一切変わらないことは同じではありません。手当や評価制度は統合の過程で見直される可能性があり、その点は交渉の段階で確認しておく必要があります。
金融機関に差し入れている経営者個人の連帯保証も、解除できるケースがあります。ただし自動的に外れるわけではありません。買い手が債務を引き受けたうえで金融機関と交渉して初めて外れるもので、譲渡条件の一部として扱われます。
株式の売却代金は経営者本人に入ります。退職金と組み合わせて受け取る設計にすると手取りが変わるため、税理士に相談しながら決める部分です。
買い手が得るもの
買い手は、有資格者を人数ごと確保できます。1級施工管理技士を1人採用するのに何か月もかかる状況で、5人在籍している会社を買えば5人が一度に加わります。
建設業許可の業種が増えることも大きな理由です。管工事、電気工事など、許可がないと入札に参加できない工事種別があります。資格の有無が入札参加の可否に直結するため、建設会社にとって有資格者の確保は、頭数を補う話ではなく参入できる領域を増やす経営判断です。会社ごと買う動機も、ここから地続きになっています。
施工実績と経営事項審査の評点を引き継げれば、単独では届かなかった規模の入札に参加できます。営業エリアの拡大も同じ理屈です。地場の建設会社が近隣エリアに一から入っていくには時間がかかるため、その土地で実績のある会社を買うほうが早く動けます。
協力会社の網も引き継ぎの対象になります。長年の取引で成り立っている職人の手配ルートは、買収しなければ手に入りません。
買い手として動いている会社の顔ぶれ
建設会社を買う側は、大きく3つに分かれます。
| 買い手のタイプ | 主な目的 |
|---|---|
| 同業の中堅・大手建設会社 | 営業エリアの拡大、有資格者の確保 |
| ハウスメーカー・不動産会社・設備工事会社 | 施工の内製化 |
| インフラ系・電気通信系の企業グループ | 事業領域の拡大 |
近年は、施工管理システムやICT施工の技術を持つ会社を買い、施工の生産性を上げにいく動きも出ています。
実際に公表されている案件では、ミライト・ホールディングスによる西武建設の買収(2022年・620億円)、イチケンによる片岡工業の買収(2024年・26億5000万円)、メイホーエクステックによる三川土建の買収(2022年公表・約4億円)などがあります。2025年2月には戸田建設と子会社が名古屋の設備工事会社の全株式を取得して連結子会社化しており、こちらは取得価額が非開示です。
金額の幅が大きいことからわかるとおり、上場企業同士の大型案件から数億円規模の地場の案件まで、同じ「建設業のM&A」という言葉のなかに含まれています。中小建設会社の経営者が向き合うのは、後者の規模だと考えてください。
自社にどのタイプの買い手がつきそうかは、保有している許可業種と営業エリアから逆算するとおおよそ見当がつきます。公共工事の実績と経審の評点があるなら同業の中堅が、特定の工種に強いなら内製化を進めたい周辺業種が、それぞれ関心を持ちやすい相手です。相談の段階で想定する買い手のタイプを伝えられると、候補の絞り込みが早く進みます。
建設会社の売却価格の相場と決まり方
自社がいくらで評価されるのか。相談に行く前に、おおよその見当だけでもつけておきたいところです。ここでは概算の式と、価格を動かす要素を整理します。価格を動かす要素は、押し上げる側と押し下げる側に5つずつあります。
| 押し上げる要素 | 押し下げる要素 | |
|---|---|---|
| 1 | 受注残高 | 簿外債務(未払い残業代・退職給付引当金の不足) |
| 2 | 経営事項審査の総合評定値と入札ランク | 工事進行基準の処理と実態のずれ |
| 3 | 有資格者・技能者の人数と年齢構成 | 決算内容と実態の乖離 |
| 4 | 元請比率 | 社長個人への依存 |
| 5 | 継続取引と独自の技術 | 特定の元請けへの売上集中 |
価格の目安は2つの式で概算できる
中小建設会社のM&Aでよく使われる算定方法は2つです。
| 算定方法 | 計算式 | 使われる場面 |
|---|---|---|
| 年買法 | 時価純資産 + 営業利益 × 2〜5年分 | 中小企業のM&A全般。手元の決算書だけで概算できる |
| マルチプル法(EBITDA倍率) | EBITDA × 3〜8倍 + 現預金 − 有利子負債 | 買い手が投資回収の観点で評価する場面 |
年買法で試算してみます。時価純資産2億円、営業利益4,000万円の会社であれば、2億円+4,000万円×3年で3億2,000万円。営業利益の何年分を乗せるかは、事業の安定度と買い手の評価によって2年から5年の間で動きます。5年分なら4億円です。
マルチプル法も同じ会社で計算してみます。EBITDAは、おおまかには営業利益に減価償却費を足した金額です。重機やダンプを多く持つ会社ほど、この金額は営業利益より大きくなります。営業利益4,000万円、減価償却費2,000万円なら、EBITDAは6,000万円。ここに現預金8,000万円、借入金1億円を当てはめると、6,000万円×4倍+8,000万円−1億円で2億2,000万円になります。
倍率が3倍か8倍かで、金額は1億6,000万円から4億6,000万円まで動きます。どちらの式でも借入金は価格を押し下げますが、年買法では時価純資産の計算に、マルチプル法では最後の差し引きに効いてくる点が違います。
自社の決算書を開いて、純資産の額と営業利益、減価償却費、現預金、借入金をこの2つの式に入れてみてください。それだけで、桁が違うのか近いのかの感覚はつかめます。
ただし、この数字は出発点にすぎません。最終的な価格は買い手との交渉で決まるため、式で出した金額がそのまま通ることは、まずないと考えておくほうが現実的です。
価格を押し上げる5つの要素
決算書の数字だけでは見えない部分が、価格を押し上げます。買い手が最初に確認するのは受注残高です。
受注残高
契約済みで着工前の工事がどれだけあるかは、買い手にとって買った翌期の売上の見通しそのものです。受注残の一覧を工事ごとに整理しておくと、評価の材料として使えます。
経営事項審査の総合評定値と入札ランク
公共工事の受注資格に直結する数字です。買い手が公共工事の受注量を増やしたいと考えている場合、この評点が取引の中心的な関心事になります。
有資格者・技能者の人数と年齢構成
人数だけでなく、年齢の分布まで見られます。この項目は価格への影響が大きいため、次の章で詳しく取り上げます。
元請比率
下請け中心か元請け中心かで、利益率の安定度が変わります。元請けとして直接受注できる関係を持っているかどうかは、買い手が自力では作れない部分です。
継続取引と独自の技術
特定の発注者との長期の取引関係、独自工法や特許があれば、それも評価の対象になります。
価格を押し下げる5つの要素
逆に、買い手が値を引く理由になるのが次の5つです。とくに簿外債務は、調査の段階で必ず表に出ます。
簿外債務
未払い残業代、退職給付引当金の不足、係争中の工事紛争などが該当します。買い手の調査で必ず洗い出されるため、隠しても交渉の段階で表に出ます。先に開示したほうが、結果的に交渉はまとまりやすくなります。
工事進行基準の処理
進捗の見積もりが実態と合っていない場合、買った後に損失が出るリスクとして評価されます。
決算内容と実態の乖離
倒産した建設会社の決算に粉飾が見つかる例は、業界の論点として扱われてきました。買い手は経審の申請内容と決算書が合っているかまで確認します。
社長個人への依存
受注が社長の人脈だけで成り立っている場合、社長が抜けた瞬間に売上が落ちるとみなされます。見積りの最終判断と発注者との折衝、そして職人の手配を社長本人がすべて担っているなら、買い手から見たリスクは高くなります。どれか1つでも幹部に渡っていれば、その分は評価が下がりません。
特定の元請けへの売上集中
1社への依存度が高いと、その関係が切れたときの影響が大きいと判断されます。
価格を左右する有資格者の年齢構成
有資格者が多いほど高く売れる、という話はよく聞きます。ただ、買い手が実際に見ているのはもう一段細かいところです。ここでは、施工管理職の人材紹介として建設会社の採用要件を日々詰めている立場から、資格と年齢がどう金額に変換されるのかを整理します。
買い手は資格の等級と年齢まで確認する
買い手が技術者名簿を見るとき、確認するのは人数だけではありません。資格の等級(1級/2級/技士補/無資格の経験者)と、それぞれの年齢まで見ます。
1級施工管理技士が5人いても、全員が58歳以上なら評価は変わります。5年後に何人残っていて、そのとき許可の要件と入札ランクを維持できるのか。買い手はそこまで計算したうえで金額を提示します。
在籍している有資格者の価値は、採用で置き換えたときの金額に換算するとつかみやすくなります。転職市場では、1級施工管理技士とRC造の経験を併せ持つ層に年収1000万円を超える求人が出ています。この層が社内に何人いるかで、買い手が同じ体制を作るまでにかかる費用は変わります。
紹介手数料の水準も参考になります。施工管理に特化した人材紹介では、資格の等級で料率を分けるのが基本です。1級で年収の50〜60%、2級で40〜50%、資格なしの経験者で30〜40%という段階設計が実際に使われています。全業界向けの総合エージェント(一般に30%前後)より高く出やすいのは、資格保有者の希少性が価格に反映されるためです。
1級の即戦力を1人迎えるだけで数百万円がかかる。買い手の評価は、この前提のうえに組み立てられています。
30代が空いている会社の見え方
建設業の転職市場は、20代と50代に偏っています。両者で全体の7〜8割を占め、30〜40代前半の有資格者は有効求人倍率が高く、市場に出てくる動きが少ない層です。
2026年に100社以上の建設会社の採用担当者と話したなかでも、同じ声が繰り返し出ていました。20代の若手と50代のベテランはいるが、その間をつなぐ30代の有資格経験者に出会えない、という悩みです。創業100年を超える関西の管工事会社では、この世代の橋渡し役を年間3〜4名の採用目標として掲げていました。
公共事業を中心に手がける別の建設会社では、電気施工管理の58歳の社員から技術を引き継ぐ30代を、1枠だけ募集していました。この1枠が埋まるかどうかで、会社の10年後の施工体制は変わります。
買い手側から見ると、この構造は「50代の有資格者が抜けた後を誰が担うのか」という問題として値段に反映されます。人数は足りているのに評価が伸びない会社は、年齢の分布に理由があることが少なくありません。
売る前の2〜3年でできること
有資格者の人数と年齢構成は、決算書と違って短期間では変えられません。だからこそ、M&Aを検討し始めた時点から動く価値があります。着手できることは3つです。
①在籍している2級保持者・技士補の1級受験を会社負担で支援する
受験費用と講習費を会社が持ち、勉強時間を確保できるよう業務量を調整します。令和6年度の制度改正で、1級の第一次検定は19歳以上であれば実務経験なしで受けられるようになりました。実務経験が問われるのは第二次検定(第一次検定の合格後)です。技士補までは早く取れる一方、1級の取得までは年単位で見ておく必要があります。
②30代の有資格経験者を1〜2名採用して、年齢構成の中間を埋める
最も時間がかかる項目ですが、価格への影響は大きくなります。
③技術者ごとの資格・経験・年齢を一覧化する
誰がどの資格をいつ取得したかを一覧にしておくと、買い手の評価作業が短くなります。多くの中小建設会社では、この情報が人事台帳に整理されていません。
どこから着手するかは、1級保持者の最年少が何歳かで決めます。40代以下の1級保持者がいるなら③から始めて手元の資料を整えるだけで足ります。1級保持者が全員50代以上なら、①と②を同時に走らせないと間に合いません。
建設業許可と経営事項審査の引き継ぎ
ここからは、建設業ならではの手続きです。進め方は株式譲渡と事業譲渡に分かれ、許可と経審の扱いがまったく違います。
| 株式譲渡 | 事業譲渡 | |
|---|---|---|
| 法人格 | そのまま残る | 譲受側の法人に移る |
| 建設業許可 | 継続する(手続き不要) | 事前の認可が必要 |
| 経審の総合評定値 | そのまま継続 | 譲受側で新規申請。完成工事高は合算の特例あり |
| 入札参加資格 | そのまま継続 | 譲受側で取り直し |
| 譲渡の対象 | 会社まるごと(債務も含む) | 事業を選んで切り出せる |
| 手続きの負担 | 軽い | 重い |
| 主に選ばれる場面 | 中小建設会社の事業承継 | 複数事業のうち建設部門だけを譲る場合 |
株式譲渡と事業譲渡で扱いが変わる
会社ごと引き継いでもらう事業承継が目的なら、株式譲渡が基本の選択肢です。事業譲渡が検討されるのは、不動産賃貸など別の事業を手元に残したい場合や、買い手が特定の債務を引き受けたくない場合に限られます。
事業譲渡を選ぶ場合でも、許可が途切れるわけではありません。令和2年10月の建設業法改正で、事前に認可を受ければ空白期間なしで承継できるようになりました(建設業法第17条の2・第17条の3)。改正前は新規に取得し直す必要があり、その間は許可が切れていました。相続の場合は、被相続人の死亡後30日以内に認可申請が必要です。
承継の条件として、経営業務管理責任者・専任技術者の配置、営業所の常設、財産的基礎、誠実性、社会保険加入といった要件を継続して満たしていることが求められます。細かい手続きは行政書士に任せる部分ですが、この6つを満たせるかどうかは自社で先に確認しておけます。
経審のP点と入札ランクの扱い
株式譲渡では法人格が続くため、総合評定値(P点)も入札参加資格もそのまま引き継がれます。
事業譲渡の場合は、譲受側で新規に申請します。完成工事高については合算の特例があり、譲渡人の実績を一定期間分、譲受人に合算できる扱いがあります。買い手が公共工事の入札ランクを上げる目的で買うケースでは、この合算の扱いが取引条件そのものになることもあります。
ただし、合算の期間や要件は自治体や年度で運用が異なる場合があります。制度の枠組みは国土交通省の経営事項審査のページで確認でき、実際に進める段階では所管の窓口への確認が必要です。
経管と専任技術者が抜けたら許可は維持できない
この点は見落とされがちです。中小建設会社では、経営業務管理責任者を社長本人が兼ねている例が多いためです。
経営業務管理責任者の要件は、令和2年10月の改正で広がりました。従来からの「建設業の経営を5年以上経験した役員がいること」に加えて、常勤役員等と、その役員を直接補佐する担当者(財務管理・労務管理・業務運営の経験者)をそろえるチーム型の体制でも認められます。
とはいえ、社長1人がこの要件を担っている会社では、社長が退任した瞬間に要件を欠きます。専任技術者も、資格または実務経験を持つ人を営業所ごとに置く必要があります。
対応の方法は4つあります。
- 社長が一定期間(1〜3年)役員として残る
- 要件を満たす人材を譲渡前に確保しておく
- 補佐者を置くチーム型の体制に切り替える
- 買い手側の有資格者を配置する
実務では、社長が譲渡後も一定期間経営に関与する取り決めを契約に入れることが多く、キーマン条項と呼ばれます。会社を譲ったからといって、翌日から現場と縁が切れるわけではありません。引き継ぎに数年かかる前提で、体調やご家族の予定と照らして考える部分です。
M&Aの進め方と期間の目安
進め方の全体像と、かかる時間を整理します。ここが見えていないと、いつ動き始めるかの判断ができません。
相談から成約までの7ステップ
STEP1|相談先を決める
仲介会社、取引のある金融機関、各都道府県の事業承継・引継ぎ支援センターのいずれかに相談し、譲渡の希望条件を整理します。
STEP2|資料を揃える
決算書3期分、建設業許可の写し、経営事項審査の結果通知書、技術者名簿、進行中の工事一覧を用意します。このうち技術者名簿と進行中の工事一覧に手間がかかります。誰がどの資格をいつ取得し、どの現場に入っているかを一人ずつ確認する作業になるため、決算書のように手元から出してくるだけでは済みません。前の章で触れた技術者の一覧化を先に済ませておくと、この段階がそのまま短縮されます。
STEP3|企業価値の概算とスキームの決定
株式譲渡か事業譲渡かをここで決めます。許可と経審の扱いが変わるため、実質的にはこの段階が分かれ道です。
STEP4|買い手候補の選定
社名を伏せた資料(ノンネームシート)で打診します。業種・エリア・規模だけを示す形なので、この段階では自社が特定されません。
STEP5|トップ面談と基本合意
譲渡価格、社長の残留期間、従業員の処遇の大枠がここで決まります。
STEP6|買い手による調査
デューデリジェンスと呼ばれる調査です。簿外債務、工事の進捗、労務管理、許可要件が見られます。建設業では、進行中の工事の採算と、許可要件を満たす人が残るかどうかが調査の中心になります。未払い残業代の有無も労務の項目で確認されるため、勤怠の記録は整えておく必要があります。
STEP7|最終契約と決済
事業譲渡の場合は、建設業許可の承継認可を先に取っておきます。
検討期間と、その間の経営
相談から成約までは、半年から1年程度かかるのが一般的です。買い手候補が見つからず1年を超えることもあります。
この間も工事は動き続けます。受注を絞ると企業価値が下がるため、通常どおり営業と施工を続けながら進める必要があります。
社長本人に負担が集中します。資料の準備と面談で、月に数日は本業以外の時間を取られます。受注も見積りも社長1人で回している会社ほど、この負担は重くなります。事務や経理の担当者に資料集めを任せられる体制があるかどうかで、進み方は変わります。
タイミングの目安として、決算期をまたぐと直近期の数字で評価が変わります。業績が良い期の決算が出た直後は、数字を持って交渉に入れるぶん動きやすくなります。
いつ動き始めるかで迷ったら、社長ご自身が現場と経営を回せる年数から逆算すると決めやすくなります。成約まで最短でも半年、社長の残留期間が1〜3年。この合計を引いた時点が、相談を始める時期の目安です。時間の余裕がない状態から動き出すと、買い手を選ぶ余地がなくなり、条件面でも譲らざるを得なくなります。
M&A後に起きる技術者と職人の離職
契約が終われば一段落、とはなりません。買い手が評価したのは技術者と協力会社との関係なので、その人たちが残らなければ、買った側も譲った側も目的を果たせなくなります。
従業員に伝えるタイミングで交渉が止まることがある
従業員への説明は、譲渡先と条件が具体的に固まってから行うのが基本です。検討段階で伝えると、話がまとまらなかった場合に不信感だけが残ります。
交渉中に情報が外に漏れると、将来を不安に感じた社員が転職を検討し始めます。売却先を決めた経営者が説明のタイミングを検討している間に情報が外部に漏れ、社員の不信感から人材が流出して、売却の話そのものが打ち切りになったケースもあります。
建設会社は、社内だけで情報を止めるのが難しい構造です。同じ現場に協力会社が何社も入っているため、社員から職人へ、職人から他社へと話が伝わります。
伝える順番と内容は、先に決めておきます。
| 順番 | 対象 | 伝える内容 |
|---|---|---|
| 1 | 役員 | 譲渡の経緯、今後の体制、自分たちの処遇 |
| 2 | 現場責任者・職長クラス | 雇用と労働条件、担当現場の継続、協力会社への説明の仕方 |
| 3 | 全社員 | 雇用の継続、屋号の扱い、現場運営の変更点 |
現場責任者を3番目にすると、職人経由で不正確な話が先に伝わります。ここは2番目に置くのが実務的です。
賃金と手当の統合でつまずく
建設会社では、現場ごと・職種ごとに手当の慣行が積み上がっていることが多くあります。出張手当や資格手当、現場手当、社用車の扱いが2社で違うまま統合すると、不満が表面化します。
資格手当ひとつ取っても、会社による差は大きいままです。1級施工管理技士に月10万円の資格手当を出している会社もあれば、手当を設けていない会社もあります。統合すれば、どちらかの社員が必ず比較します。
進め方としては、年齢・勤続年数・資格別に両社の給与実態を並べて可視化し、差の大きい層を先に特定します。そのうえで調整に入りますが、差を埋める方向で統一すると人件費が上がり、下げる方向では労働契約法第9条の不利益変更の問題になります。一度に揃えず、数年かけて段階的に近づける激変緩和の措置を取るのが一般的です。
就業規則の一本化は法的な手続きを踏む必要があるため、社会保険労務士と進める部分です。
職長が抜けると連鎖する
建設会社の離職は、個人単位で終わらないことがあります。職長が辞めると、その職長と組んでいた職人や協力会社がまとめて離れます。
現場を実際に回している人ほど、社名や資本の話より、誰の下で働くかで判断します。会社が変わること自体より、明日から誰の指示で動くのかのほうが重い関心事です。
対応としては、譲渡が決まった段階で現場責任者クラスと個別に話す場を作ります。処遇と役割が変わらないことを、本人の口から確認できる状態にしておくことが要点です。
買い手側が押さえるべき順番も、経理や総務ではなく現場責任者からになります。ここを後回しにすると、成約から半年後に施工体制が崩れます。施工管理の若手が辞める主因は、配属された現場と上司との相性にあります。この力学は、統合後も変わりません。
M&Aの前に確かめたい採用という選択肢
ここまで読んで、M&Aが自社にとって現実的だと感じた方もいると思います。一方で、まだ判断がつかない方もいるはずです。この章では、M&Aを決める前に一度確かめておきたい切り分けを整理します。
後継者がいないのか、現場を回せる人がいないのか
後継者不在という言葉には、2つの状態が混ざっています。
1つは、経営を引き継ぐ人がいない状態です。受注や資金繰り、許可の維持、金融機関や発注者との折衝を任せられる人が、社内にも親族にもいない場合が該当します。
もう1つは、現場を回す技術者が足りず、5年後の施工体制が見えない状態です。後者だけが問題なら、会社を手放さずに解決できる可能性があります。
自社がどちらなのか、4つの問いで確かめられます。
| # | 問い | Yes / No |
|---|---|---|
| 1 | 受注は社長の人脈がなくても成り立つか | |
| 2 | 経審のP点を維持できる有資格者が、5年後も社内に残るか | |
| 3 | 社内に経営を任せられる幹部がいるか | |
| 4 | 金融機関との交渉を社長以外ができるか |
1・3・4にNoが集中していれば、経営そのものの承継が課題です。この場合はM&Aの検討が現実的になります。
Noが2だけなら、課題は技術者の確保です。会社の形を変えずに解決できる余地があります。
切り分けがついたら、次の一手はそれぞれこうなります。
| 判定 | 最初にやること |
|---|---|
| 経営の承継が課題(1・3・4にNo) | 決算書3期分と技術者名簿を揃え、相談先を1か所決める。相談は無料の窓口から始めても構わない |
| 技術者の確保が課題(2だけNo) | 5年後に定年・引退で抜ける有資格者を書き出し、その穴を埋める採用が何名分なのかを数える |
| 両方にNoがある | 技術者の年齢構成を整えながら、並行してM&Aの相談も始める。どちらも半年から数年かかるため、順番に進めると間に合わない |
採用で埋まるケース
先ほど触れた、電気施工管理の58歳の社員から技術を引き継ぐ30代を1枠だけ募集していた建設会社。この会社は公共事業を中心に手がけており、会社を手放さずに技術承継の穴を埋めにいく判断をしていました。
1枠か2枠。この規模の穴であれば、会社を譲る判断をする前に採用を試す余地があります。
費用の感覚も比べておきます。1級施工管理技士を人材紹介で1名迎える場合、年収600万円で料率50〜60%なら紹介手数料は300万円から360万円です。この金額を、会社の譲渡で手放す経営権や屋号の扱い、取引関係の主導権と並べて考えてみてください。
ただし、採用が必ずうまくいくとは限りません。有資格者が市場に出てこない構造がある以上、募集を出せば決まるという話ではないためです。半年募集して1件も応募がない状況も現実にあります。採用でも解決しない穴はあります。それを確かめたうえでM&Aを選ぶのと、確かめずに選ぶのとでは、後から振り返ったときの納得感が変わります。
M&Aを選んだほうがよいケース
次のどれかに当てはまるなら、M&Aの検討を進める意味があります。
- 社長個人の連帯保証が重く、健康面の不安がある
- 経営を引き継げる幹部が社内にいない
- 制度対応(原価管理、書類作成体制、社会保険)の負担が単独では続けられない
- 単独では受注できない規模の工事に挑みたい、または特定の元請けへの依存から抜けたい
- 職人と協力会社の関係を残したまま事業を続けたいが、自分の代でそれを維持する体力がない
M&Aに進む場合も、当てはまる項目が多いほど、判断を先延ばしにする理由は減っていきます。
よくある質問
Q. 相談先は仲介会社しかありませんか?
A. 仲介会社のほかに、取引のある金融機関、各都道府県の事業承継・引継ぎ支援センター、顧問税理士という相談先があります。
事業承継・引継ぎ支援センターは国の委託機関で、相談自体は無料です。小規模な案件や、まず全体像を知りたい段階に向いています。
仲介会社は買い手候補の幅と交渉の実務が強みですが、報酬体系が着手金型か完全成功報酬型かで負担のタイミングが変わります。契約前に確認しておく部分です。
建設業はエリアごとの事情が濃く出ます。地場の取引関係や入札の実態を分かっている相手を選ぶかどうかで、買い手候補の見つかり方が変わります。
Q. 赤字でも建設会社は売れますか?
A. 赤字でも成約するケースはあります。買い手が評価するのは直近の利益だけではなく、建設業許可の業種、経営事項審査の評点、有資格者の人数と年齢、受注残高、協力会社との関係だからです。
とくに許可の業種と有資格者は、買い手が自力で揃えるのに年単位の時間がかかります。この2つが揃っていれば、赤字でも関心を持つ買い手はいます。
ただし価格は下がります。年買法もマルチプル法も利益を基準にしているため、赤字の場合は時価純資産に近い水準からの交渉になります。
債務超過や簿外債務がある場合は、その処理方法を含めた交渉になります。
Q. 有資格者が高齢化している会社でも、今から価格を上げられますか?
A. 資格取得の支援も30代の採用も、成果が出るまでに年単位かかります。譲渡まで1年ほどしか余裕がないなら、価格を上げにいくより、価格が下がる理由を消すほうが現実的です。
買い手が値を引くのは、5年後の施工体制が読めないときです。誰がいつ定年を迎え、その後を誰が担う想定なのかを説明できる状態にするだけで、引き幅は変わります。退職の予定がある技術者も、隠さず先に伝えたほうが交渉は安定します。
2〜3年の余裕があるなら、この記事で挙げた3つの準備が価格に反映される可能性があります。まずは自社に何年あるのかを決めてから、どちらの方針を取るか選んでください。
Q. 廃業とM&Aでは、手元に残るお金がどれくらい違いますか?
A. 廃業では、重機や車両を売却しても簿価を下回ることが多く、原状回復や解体、従業員への退職金の支払いで支出が先に立ちます。
M&Aでは株式の売却代金が経営者本人に入ります。退職金と組み合わせた受け取り方によって税負担が変わるため、税理士と設計する部分です。
金額の差だけでなく、廃業では建設業許可、経審の評点、施工実績、協力会社との関係がすべてなくなる点も比較の材料になります。
ただし、債務超過や係争を抱えている場合は譲渡代金が付かない、もしくは債務の処理が条件になることもあります。
まとめ
この記事の要点
- 引き継ぐのは建物や重機ではなく、許可と、それを支える人
- 価格の概算は決算書だけで出せる。まず自社の純資産と営業利益を式に入れてみる
- 有資格者の年齢構成は短期間で変えられない。検討を始めた時点から手をつける
- 会社ごと譲るなら株式譲渡を選ぶ。事業譲渡は許可も経審も取り直しになる
- 経営業務管理責任者を社長が兼ねているなら、譲渡後も1〜3年は会社に残る前提で考える
- 従業員に伝える順番は、役員の次に現場責任者。後回しにすると職人経由で話が広がる
- 後継者不在の中身が経営の問題か現場の問題かを切り分ける。現場の問題だけなら、会社を手放さずに済むこともある
どちらを選ぶにしても、有資格者の年齢構成を整えておく価値は変わりません。M&Aに進むなら価格に反映され、自社で続けるなら5年後の施工体制になります。会社を譲るにしても、自分の代で続けるにしても、5年後に現場を回せる技術者が何人残るかは避けて通れない問いです。1級施工管理技士の平均年齢が上がったまま手を打てていない、30代の有資格経験者に募集をかけても応募が来ない。そうした状態であれば、まずは自社の技術者構成を整理するところから始めてみてください。
TEAM-Xは、施工管理・建設技術者に特化した人材紹介に加えて、採用戦略の設計や求人媒体の運用、採用ブランディングまで、建設業の採用全般を支援しています。市場に出てこない有資格者との接点づくりから、求人の見せ方や要件の見直しまで、自社の状況に合わせた形で伴走します。採用で埋められる穴かどうかの見極めからご一緒できますので、まずはお気軽にご相談ください。
専門家に相談してみませんか?
この記事の監修者
高谷 匠TAKATANI TAKUMI
TEAM-X株式会社 取締役COO/一般社団法人建設技能者転職支援協会 代表理事
新卒でリクルートに入社し、採用コンサルティング会社HeaRのCOO、アイ・グリッド・ソリューションズのEV事業責任者を経て、2025年12月にTEAM-Xへ参画。会社全体の事業戦略と組織構築を統括している。
- 厚生労働大臣許可「建設業務有料職業紹介事業」(許可番号 27-ケ-30001。制度創設から約20年で全国4団体、関西の団体としては初)を運営する一般社団法人建設技能者転職支援協会の代表理事
- TEAM-X株式会社 取締役COOとして、施工管理・職人の人材紹介から採用コンサルティング・RPOまでの事業戦略と組織構築を統括
- 新卒でリクルートに入社後、採用コンサルティング会社HeaRのCOO、アイ・グリッド・ソリューションズのEV事業責任者を歴任

.png?w=800&fm=webp&q=80)
.png?w=800&fm=webp&q=80)
.png?w=800&fm=webp&q=80)